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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)739号 判決

原告

石井達也

被告

日本航空株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四一八三万〇四七七円及びこれに対する昭和六〇年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年八月一二日午後六時五六分ころ

(二) 場所 群馬県多野郡上野村山中

(三) 事故機 ボーイング七四七SR一〇〇型JA八一一九機、羽田発大阪行き定期一二三便

(四) 態様 被告の運航にかかる事故機が前記日時場所において墜落し、乗客及び乗務員五二〇名が死亡した(以下、「本件事故」という。)。

2  被告の責任

(一) 事故機は、昭和六〇年八月一二日午後六時一二分、羽田空港を離陸したが、伊豆半島東方上空に至つた同日午後六時二四分、事故機の後部圧力隔壁が破断し、客室与圧空気が後部胴体に流出したため、尾部胴体、垂直尾翼、操縦系統の損傷が生じ、そのために飛行性能の低下及び主操縦機能の喪失をきたし、前記のとおり墜落した。

(二) 事故機は、昭和五三年六月二日、大阪国際空港において着陸の失敗により機体後部が損傷したため、同月一七日から同年七月一一日にかけて、訴外ザ・ボーイング・カンパニー(以下、「ボーイング社」という。)によつてその修理が行なわれ、その際、後部圧力隔壁の下半分が交換されたが、右交換作業を行つたボーイング社の作業員が、後部圧力隔壁上半分と下半分の扇状板の合わせ目であるL一八接続部の一部の結合を、本来二列のリベツトですべきところを一列だけのリベツトによる結合をしたため、後部圧力隔壁の強度が低下し、金属疲労による亀裂が発生しやすい状態となつた。そして、右修理後、事故機は通常の飛行を再開したが、右のような不適切な修理による強度の低下により後部圧力隔壁に金属疲労による亀裂が発生し始め、事故機の飛行の繰り返しとともに亀裂が進展し、ついに本件事故の原因となつた後部圧力隔壁の破断に至つたものである。

(三) 被告は、定期航空運送事業等を業とする会社であるから、航空機を旅客運送に使用するにあたつては航空機を安全に航空の用に供し得るように十分な点検、整備をなすべき注意義務があるところ、前記修理から本件事故に至るまでの間に、本件事故機の後部圧力隔壁には損傷に至るほどの金属疲労による亀裂が生じていた(本件事故の直前には、亀裂は、前記L一八接続部の約半数のリベツト孔縁で、合計二八〇ミリメートルの長さに達していたと推測される。)にもかかわらず、事故機の点検、整備の際にこれを漫然と見逃した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 訴外石井金次郎の死亡と本件事故との因果関係

(1) 相当因果関係

ア 訴外石井金次郎(以下、「訴外金次郎」という。)は、本件事故当時、四三歳の健康な働き盛りの男性で、妻である訴外石井幸江(当時三六歳、以下、「訴外幸江」という。)及び長女である訴外石井博美(同一五歳、以下、「訴外博美」という。)、長男である原告(同一七歳)及び次男である訴外石井英明(同五歳、以下、「訴外英明」という。)らと共に幸福な生活を送つていたが、訴外幸江及び訴外博美が事故機に搭乗していて本件事故に遭遇し、最愛の妻と長女を一度に失うという強度の精神的苦痛を受けた。

イ さらに、訴外金次郎は、本件事故が発生したその夜のうちにバスで本件事故現場に向かい、その後、群馬県藤岡市内において、酷暑の下、約二週間にわたり死体の発する異臭の立ち込める中で連日、凄惨を極めた死体あるいは死体の一部を見ながら、訴外幸江及び同博美の遺体確認作業を続け、本件事故の一〇日後の昭和六〇年八月二二日には訴外幸江の、続いて同月二四日には訴外博美の無残な遺体をそれぞれ確認したが、右のような状況の下で精神的にも肉体的にも極度に疲弊し、また、極度の食欲不振に陥り、喉を通るものはもつぱらビール程度という状態になつた。

訴外金次郎は、訴外幸江及び同博美の遺体を藤岡市内にて荼毘に付し、同月二六日帰宅した後、同月二七日に葬儀を執り行なつたが、原告及び訴外英明との生活を維持するために、心身の不調を押して、一、二日の休暇を取つたのみで従前の勤務に戻り、その傍ら初七日、四十九日等の法事を行い、また、慣れない家事労働もこなしていくうちに心身ともに疲労が蓄積していつた。

ウ そのため、訴外金次郎は、精神的にも不安定な状態となり、依然として極度の食欲不振が続いたのと、精神的痛手を癒すためもあつて、平均して一日に焼酎五合、ビール二、三本程度を飲むようになつた。そして、同年一〇月中ころから、心窩部に不快感を感じるようになり、同月二八日午前八時三〇分ころ、嘔気が強く生じ、胃が食道内に嵌入するに至り、そのため大量出血及び食道穿孔が生じ、同年一二月中旬から敗血症及び広汎性血管内凝固(以下、「DIC」という。)を併発し、同月二二日死亡するに至つた。

エ 右胃食道内嵌頓(及びそれによる大量出血と食道穿孔)は、本件事故後、本件事故を原因として訴外金次郎に生じた精神的ストレス、精神的ストレスに起因する消化器系の炎症並びにこれらによる食欲不振及び精神的痛手に起因する大量のアルコール摂取が複合的な原因となり、訴外金次郎に強度の嘔気及び嘔吐が生じた結果生じたものである。

オ 一瞬にして多数の乗客が凄惨な死を遂げることの多い航空機事故は、死亡した乗客の家族に対し、心神ともに極めて大きな衝撃を与えるものであり、その家族が、本件のような経過をたどり精神的ストレスを高じさせ、また、事故を原因とする食欲不振や精神的ストレスを癒すためにアルコール摂取量を増大させ、死に至る病に罹患するということは十分に予見可能であるから、本件事故と訴外金次郎の死亡との間には相当因果関係があるというべきである。

(2) 寄与度による割合的因果関係

本件事故と訴外金次郎の死亡との間に、相当因果関係がないとしても、勤勉に仕事に励み食欲も旺盛でスポーツを楽しみ、幸福な人生を送つていた訴外金次郎が、本件事故を契機として衰弱してゆき、事故から僅か四か月余りの後に死亡した事実に鑑みれば、本件事故が訴外金次郎の死亡に寄与していることは明白であり、公平の見地から、右寄与度の割合において被告に責任を認めるべきである。

(二) 損害額

(1) 訴外金次郎の損害

ア 逸失利益 五六〇六万〇九五四円

訴外金次郎は、昭和一七年六月一〇日生まれの男性で、本件事故当時、子である原告及び訴外英明を扶養する世帯主であり、父である訴外石井順次(同人は、昭和六一年一〇月三〇日死亡した。以下、「訴外順次」という。)が個人で経営していた金物問屋に勤務し、昭和六〇年中に訴外順次から給料、家のローン代、生命保険料及び賞与等の名目で四五二万七四〇〇円の支払いを受けていた。しかしながら、訴外金次郎は、父である訴外順次が経営している小規模商店に勤務していたものであり、訴外順次の死亡後は、同人の経営を引継ぐことが見込まれていたことから、その賃金はある程度低額に押さえこまれていたという事情があり、また、賃金の内訳として、訴外金次郎の住宅ローンの返済金や生命保険料が含まれていることからも明らかなように、賃金体系も極めて不明確なものであることからすれば、訴外金次郎の逸失利益は、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、新高卒男子四〇歳から四四歳までの平均年収額である五一六万七〇〇〇円を基礎として算定されるべきである。

従つて、本件事故に遭わなければ、訴外金次郎は、六七歳まで二四年間稼働し、その間毎年平均して、右五一六万七〇〇〇円を下らない収入を得ることができるはずであつたから、右収入額から、生活費として三〇パーセントを控除し、新ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡時の逸失利益の現価を計算すると、次のとおり五六〇六万〇九五四円(円未満切捨て)となる。

(算式)

5,167,000円×0.7×15.49972472=56,060,954円

イ 慰謝料 一〇〇〇万円

訴外金次郎は、本件事故により母親を失つた二人の子供を残し、四三歳という働き盛りの若さで死亡するにいたつたもので、その無念さは筆舌に尽くし難いものがあり、また、同人は、胃食道内嵌頓という激しい肉体的苦痛を伴う疾患により死亡したことからしても、同人が被つた多大な精神的、肉体的苦痛を慰謝するには一〇〇〇万円が相当である。

(2) 権利の承継

原告は、訴外金次郎の子であるところ、訴外金次郎の相続人としては、他に訴外金次郎の子である訴外英明がいるのみであるから、原告は訴外金次郎の死亡に伴い、法定相続分に従つて同人の被告に対する右(二)(1)の損害賠償請求権のうちの二分の一を相続より承継した。

(3) 原告の損害

ア 慰謝料 五〇〇万円

原告は、本件事故によりすでに実母を失つたうえに、一家の支柱たる実父をも失つたもので、本件事故により原告が被つた精神的苦痛ははかりしれないものがあり、これを慰謝するには五〇〇万円が相当である。

イ 弁護士費用 三八〇万円

よつて、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、四一八三万〇四七七円及びこれに対する訴外金次郎死亡の日である昭和六〇年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)は認める。

2  同2について

(一) (一)のうち、事故機が昭和六〇年八月一二日、羽田空港を離陸した事実は認め、その余の事実は不知。

(二) (二)のうち、事故機が、昭和五三年六月二日、大阪国際空港において着陸の失敗により機体後部の損傷事故を起こし、同月一七日から同年七月一一日にかけて、ボーイング社によつて修理がなされ、後部圧力隔壁下半分が交換された事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(三) (三)のうち、被告が定期航空運送事業等を業とする会社であることは認め、その余の事実は否認する。

3  同3について

(一) (一)のうち、訴外金次郎の妻である訴外幸江及び長女である訴外博美が、本件事故当時、事故機に搭乗して本件事故に遭遇し死亡したこと、本件事故当時、訴外金次郎は四三歳、訴外幸江は三六歳、同博美は一五歳、同英明は五歳、原告は一七歳であつたこと、昭和六〇年八月二二日には訴外幸江の、同月二四日に訴外博美の遺体がそれぞれ確認されたこと、死亡した両名の遺体を藤岡市内で荼毘に対し、同月二八日に葬儀を執り行なつたことは認め、その余の事実を否認する。

訴外金次郎に発症した胃食道内嵌頓は、マロリー・ワイス症候群といわれるものであつて、これは長年にわたる暴飲暴食が原因であるとされており、一〇年、二〇年単位の飲酒歴のある人に発症しやすいものである。また、胃食道内嵌頓があつても、健康な人であれば胃や食道の粘膜が裂けるようなことはまずないが、飲酒や喫煙で粘膜が荒れていたり、胃炎や食道炎、食道口ヘルニアなどの後にできる瘢痕や亀裂によつて裂けやすくなつていると、その粘膜が裂けて大量出血等を引き起すものとされているところ、訴外金次郎には二〇歳ころから一日に八ないし一〇合の酒を飲み、最近では一日に焼酎を一リツトル、ビール二、三本を飲んでいたという飲酒歴があり、既往症として十二指腸潰瘍があつたのであるから、訴外金次郎の胃食道内嵌頓及びそれによる大量出血の原因はこれらが原因となつているというべきである。さらに、ストレスの解消方法としては、スポーツ、娯楽、趣味、適度の飲酒等があり、どの方法を選択するかは個人の選択の問題であるところ、訴外金次郎が本件事故に基づく家族の死亡によるストレスを多量の飲酒に向けたとしても、それは同人の選択によるものであつて、本件事故と多量の飲酒とが直接結びつくものではないから、訴外金次郎の胃食道内嵌頓及びそれによる大量出血と本件事故との間には相当因果関係はないというべきである。

(二) (二)のうち、原告及び訴外英明が訴外金次郎の子であることは認め、その余の事実は否認する。

三  仮定的抗弁

被告は、昭和六三年三月三一日、原告との間において、被告が原告及び訴外英明に対して、本件事故に関する一切の補償金として九〇〇〇万円を支払い、これを以て本件に関する一切の損害が填補されたこととし、原告及び訴外英明は、被告に対し、今後、本件に関していかなる事情が生じても、裁判上、裁判外において、一切の異議、請求の申立をしない旨の合意をした(以下、「本件示談契約」という。)。

右示談契約は、直接的には訴外幸江及び訴外博美の本件事故に基づく死亡に関するものであるが、その示談交渉の過程において、訴外金次郎の死亡に対する補償問題についても話合いがなされ、被告は、訴外金次郎の死亡に対する法的責任は認めないものの、残された遺族に対する心情的配慮から、訴外幸江及び訴外博美の死亡補償金に訴外金次郎の死亡に対する見舞金を上積みすることにし、結果的に右示談金額には訴外金次郎の死亡の事実も考慮されており、原告もそれを了承していたものである。

従つて、仮に被告に何らかの法的責任があるとしても、本件示談契約により原告の被告に対する損害賠償請求権は消滅しているというべきである。

四  仮定的抗弁に対する認否

仮定的抗弁事実は否認する。

原告は、被告に対し、訴外金次郎の死亡後、本件示談契約締結前から、訴外金次郎の死亡に関する損害賠償請求をなしてきたが、被告は、一貫して本件事故と訴外金次郎の死亡との法的因果関係を否定し、同人の死亡により生じた損害金については法的責任を負わない旨明言してきたのであり、両者の主張は平行線をたどり、本件示談契約締結時においても訴外金次郎の死亡に対する賠償問題については、およそ示談が成立するような状況にはなかつた。そこで、原告は、訴外幸江及び同博美の死亡に対する賠償問題についての示談交渉が徒に長期化する不利益を考慮し、とりあえず、訴外幸江及び同博美の死亡に対する賠償問題に限定して本件示談契約を締結したものであり、このことは、本件示談契約について作成された示談書に、事故の内容として「日本航空株式会社JA八一一九機航空機事故による故石井幸江殿(年齢三六歳)故石井博美殿(年齢一五歳)遭難死去」と明定されていることからも明らかである。また、原告は、本件示談契約の交渉過程において、訴外幸江及び訴外博美の死亡による損害の賠償として九〇〇〇万円、訴外金次郎の死亡による損害の賠償として四四四四万円(合計一億三四四四万円)を請求していたのであり、訴外幸江及び同博美両名の死亡により生じた損害額だけで、九九三二万一七五〇円を超えるものと算定されることを考慮すると、本件示談契約による九〇〇〇万円程度の示談金で、原告が、訴外金次郎の死亡による損害賠償請求権を放棄したとは到底考えられないものである。

以上のとおりで、本件示談契約は訴外金次郎の死亡に対する賠償問題を除外して締結されたものであり、本件示談契約により原告の被告に対する本件損害賠償請求権が影響を受けることはないというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件事故と訴外金次郎の死亡との間の因果関係について判断することにする。

1  相当因果関係の有無について

訴外金次郎の妻である訴外幸江及び長女である訴外博美が事故機に搭乗して本件事故に遭遇し死亡したこと、本件事故当時、訴外金次郎は四三歳、訴外幸江は三六歳、同博美は一五歳、同英明は五歳、原告は一七歳であつたこと、昭和六〇年八月二二日に訴外幸江の、同月二四日に訴外博美の遺体がそれぞれ確認されたこと、死亡した右両名の遺体を藤岡市内で荼毘に付し、同月二八日に葬儀が執り行なわれたことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第一号証、原本の存在、成立に争いのない乙第六号証、証人赤木愛彦の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一三ないし第二〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし三、第二一号証の一、二、証人石井孝一郎及び同赤木愛彦の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外金次郎は、本件事故の発生並びに訴外幸江及び訴外博美が本件事故に遭遇したことの知らせを受けて、その夜のうちにバスで本件事故現場に向い、そのまま群馬県藤岡市内に滞在して、訴外幸江及び同博美の遺体及び遺品の確認作業を続けていたが、本件事故に遭遇して死亡した遺体の多くが、外形を留めないほどに著しく損傷していたため、遺体確認作業に時間がかかり、訴外金次郎は兄の訴外石井孝一郎に対し電話で、「幸江と博美の遺体がまだ見付からない。暑さと遺体の状態がひどいので、とても食欲がわかず、物が喉を通らない。毎晩、あまり眠れず、とにかく疲れた。」などと訴えていた。

(二)  本件事故の一〇日後の昭和六〇年八月二二日に訴外幸江の遺体が、続いて同月二四日に訴外博美の遺体が、それぞれ確認されたが、いずれの遺体も損傷がひどく、訴外幸江については歯の治療の痕跡によつて、訴外博美についてはごく一部残つていた着衣や口もとの輪郭によつて遺体の確認がされたに過ぎなかつた。遺体発見後、訴外金次郎は、右両名の遺体を藤岡市内で荼毘に付したうえ、同月二六日帰阪し、同月二七日に葬儀を執り行い、その五、六日後に従前の勤務に戻つた(訴外金次郎は、父親の経営する金物卸問屋に勤務し、受注、商品配達、集金等の外回りの仕事をしていた。)が、その後も、仕事の合間に、初七日や四十九日の法事を執り行つていたほか、被告主催の合同慰霊祭にも出席したり、被告から遺品や遺体の一部が出てきたので確認して欲しいとの依頼に応じたりしていた。

また、訴外金次郎は、本件事故後は、長男である原告及び次男である訴外英明のために、洗濯や食事の準備などの家事をこなし、訴外英明の保育園への送り迎えもしていた。

(三)  訴外金次郎は、元来酒を好み、二〇歳ころから、ほぼ毎日八ないし一〇合程度という大量の飲酒を続けていた(このことは、後記認定のように、開腹手術当時、訴外金次郎の肝臓が著名に腫大し、グリソン鞘域に軽度の線維化を認めるなど慢性疾患であるアルコール肝炎の状態にあつたことによつても裏付けられる。)が、本件事故後は、訴外幸江、同博美を失つた悲しさや寂しさを紛らすためと、このような精神的ストレス等により食欲が不振であつたこともあつて飲酒量が増加し、一日に平均して焼酎を一リツトル、ビールを二、三本飲むようになり、昭和六〇年一〇月中ころからは、大量飲酒後に胸腹部に重苦しさや不快感を感じるようになつていた。

同月二七日、訴外金次郎は、得意先の小売店で棚卸しの手伝いをしていたが、途中で頭痛と体の不調を訴え、作業終了後出される食事や酒を断つて帰宅し、翌二八日午前八時三〇分ころ、胸腹部の重苦しい感じに加えて嘔気が生じ、四回にわたり、血塊を含む黒褐色の血液や鮮血を洗面器に一杯分程吐き、その後心窩部を中心とした胸腹部の疼痛が強くなつてきたので、同日午前一一時ころ、吹田市民病院に入院した。

(四)  訴外金次郎は、吹田市民病院に入院後も、相当量の吐血があつて、顔面蒼白、血圧低下の出血性シヨツク状態になり、同病院の内科医による内視鏡検査によつて、食道胃移行部と考えられる部位に多量の新鮮血が認められたものの、出血多量のために出血箇所の確認をすることができなかつたので、止血剤、輸液輸血等の保存的治療が施された。しかし、その後も血圧が低下し(七〇)、出血性シヨツク状態が続いたため、同日午後五時ころ、同病院外科に対して手術の要請がなされたが、その時点では、訴外金次郎の一般状態が極めて悪く外科的治療の適応ではないと判断されたため、保存的治療として、濃厚赤球液二〇〇〇ミリリツトル、新鮮凍結血漿二〇〇〇ミリリツトルの輸血が行われた。その結果、同日午後一〇時ころには血圧が一一二まで上がり、全身状態にもやや改善が見られたものの、依然として出血が止まらず、そのままでは生命の危険も認められたことから、同外科では、止むなく開腹手術の実施を決定した。右手術は、同病院外科部長赤木愛彦医師の執刀で行われたが、同医師が、訴外金次郎の腹部を開いたところ、胃は極めて小さく左側に偏在し、胃底部が消失した状態で食道内に嵌入しており、一部切開による胃の内面の検査により胃粘膜の発赤及び漫性出血が認められたものの、潰瘍及び腫瘍等はなかつたので、食道内に嵌入した胃を手で整復し、右整復により嵌入部胃粘膜の鬱血及びび漫性出血が止まり、他の部位には出血が認められなかつたので、切開部を閉鎖し手術を終えた。なお、開腹時、肝臓は左右とも著明に腫大し、肉眼的にも慢性肝炎が疑われたので、肝組織切片を採取し、病理検査を実施したところ、グリソン鞘域に炎症変化及び軽度の線維化を認めるなどアルコール性肝炎(肝硬変にまでは至らないものであつた。)の病理組織学的特徴が認められた。

(五)  右手術後、訴外金次郎の経過は安定していたが、昭和六〇年一一月二日に呼吸困難によるチアノーゼが出現したため、医師らは、気管内挿管による気道の確保レスピレーターの装着等により呼吸不全の改善に努めるとともに、胸部レントゲン検査及び食道造影検査を行つたところ、食道穿孔が認められたので、直ちに開胸して食道穿孔部位を閉鎖した。しかし、右手術後訴外金次郎の症状は一時的に改善したものの、食道穿孔の合併症である膿胸が進行し、同年一二月中旬ころから敗血症及びDICを併発して、同月二二日死亡した。

(六)  訴外金次郎は、昭和四七年ころに、十二指腸潰瘍に罹つて内服による治療をしたことがあつたものの、その後は元気に仕事をし、休日は野球やソフトボールをするなど、むしろ頑健さをうかがわせるような日常生活を送つていたが、死亡の一、二年前から、上部消化管出血の結果であると考えられる黒色の下痢便が一日に二回程度あり、これについては病院で診察等を受けることなく、放置していた。

(七)  赤木医師は、昭和六一年八月二七日付けで、前記4の内視鏡検査及び開腹所見等から、訴外金次郎の疾患名を胃食道内嵌頓による大量出血及び食道穿孔(マロリーワイス症候群又は胃粘膜食道内脱出症に類似する疾患)と診断しており、また、吹田市民病院における訴外金次郎の担当医であつた有吉秀男医師作成の昭和六〇年一二月二七日付死亡診断書は、訴外金次郎の直接の死因を食道穿孔としている。

マロリー・ワイス症候群は、暴飲暴食後に生じた嘔吐などにより、胃の内圧が急激に上昇して胃粘膜が食道へ脱出することなどのために食道胃接合部近傍の粘膜に裂創が生じ、大量の吐血をする疾患で、アルコール常習者に多発する疾患であるとされているが、他方、アルコール常習者でなくとも、食道鏡施行時の咽頭粘膜の刺激や過度の精神的不安による嘔気作用に伴う腹腔内圧の急激な上昇のために胃粘膜が食道内へ脱出し、胃粘膜内小血管が圧迫されて胃粘膜に出血が生ずることがあるという報告もなされている。

なお、マロリーワイス症候群は、軽度の場合は自然治癒することもあり、比較的症状が重く出血も多い場合でも、投薬や内視鏡で患部を見ながら止血措置を行うことにより短期間で治癒するのが一般で、手術適応となるのはまれであり、通常は予後は良好であるとされている。

以上認定の各事実、殊に訴外金次郎は、長年継続的に多量のアルコールを摂取していた者であり、このような長期間かつ大量のアルコール摂取者によく見られる肝硬変に伴う食道静脈瘤の破裂や胃潰瘍による出血は、開腹所見によつて否定されているにもかかわらず、死亡の一、二年前から、上部消化管出血の徴候である黒色の下痢便があつたという事実に、証人赤木愛彦の証言を総合すれば、訴外金次郎には、死亡の一、二年前から既に、マロリー・ワイス症候群の症状である胃粘膜の食道内への脱出が繰り返し生じており、それによつて胃粘膜内の小血管が圧迫されて、び漫性の出血が生じたのち自然治癒をするということが繰り返されていたこと、及びこのような状況にあつた訴外金次郎が、前認定のとおり、本件事故後、本件事故によつて妻を失つた悲しさや寂しさを紛らすためと、そのために生じた精神的ストレスや、食欲不振もあつて飲酒量をさらに増やして前認定のように大量のアルコールを摂取したために、胃に炎症を起こして強度の嘔気及び嘔吐が生じ、そのために強度の胃の収縮が起きて胃の粘膜だけでなく、胃の全層が食道内に嵌入したものであることが推認され、さらに前認定の事実に証人赤木愛彦の証言を総合すれば、右のような胃の全層の嵌入が生じたために、嵌入部における胃粘膜の鬱血が大きくなり、これに伴うび漫性出血も大量になるとともに、食道の断裂を来たして穿孔を生じ、右食道穿孔のために膿胸が発生し、これが悪化して敗血症及びDICを併発して死亡するに至つたものであることが認められるから、訴外金次郎に右のような重篤な胃食道内嵌入が生じたのは、同人が長年継続的に大量のアルコールを摂取し、その結果、本件事故以前からマロリー・ワイス症候群の症状である胃粘膜の食道内への脱出・嵌入(証人赤木愛彦の証言によれば、胃の食道内への脱出・嵌入が繰り返されていれば、嵌入の程度もより強くなるとされていることが認められる。)を繰り返していたことに、訴外金次郎が本件事故後前認定のように大量のアルコールを摂取したことによる負担及び本件事故による精神的なストレス自体の影響が加わる(前掲甲第九号証の二、第二一号証の四及び証人赤木愛彦の証言によれば、一般的に嘔気及び嘔吐は、精神的ストレス、不快な記憶の想起等の心因的要因を原因としても発生しうるものであるとされていることが認められる。)といつた複数の原因が複合的に重なりあつて生じたものということができ、その意味において本件事故と訴外金次郎の死亡との間に、事実的因果関係が存在するということは否定できない。

しかしながら、訴外金次郎が本件事故により、直接身体に傷害を受けて死亡したものでないことは、弁論の全趣旨により明らかであるから、訴外金次郎は本件事故の直接の被害者であるとはいえないうえに、妻子を失つた者がそれによる悲しさや寂しさを紛らすために飲酒にふけつたり、ストレス性の身体症状を発症したりすることは、間間見られることであるにしても、すべての者にこのような行動や症状が現れるわけではなく、また、悲しさや寂しさを紛らしたり、ストレスを解消する手段・方法は他にもあつて飲酒に限られるものではないから、飲酒にふけるかどうかは、その者の選択の問題であるという面もあることは否定できず、これらの事情に加えて、訴外金次郎には、前認定のとおり、長年にわたり多量の飲酒を続けてきたために、本件事故以前において既にマロリー・ワイス症候群の症状である胃粘膜の食道内への脱出を繰り返して、より重篤なマロリー・ワイス症候群の症状を発症しやすい状態になつていたうえに、本件事故後さらに飲酒量を増大させて尋常とはいい難い程の大量のアルコール摂取を続けていたという特殊事情があり、このような特殊事情のために、前認定のとおり、予後が良好な通常のマロリー・ワイス症候群の症状である胃粘膜の食道内への脱出にとどまらず、胃の相当部分が全層にわたつて食道内に嵌入したために食道に断裂による穿孔が生じ、右食道穿孔のために膿胸を発症し、敗血症、DICを併発して死亡したものであるから、訴外金次郎の死亡の主たる原因は、訴外金次郎自身の行為である多量の飲酒であるといわざるを得ず、以上のような点を考慮すると、本件事故と訴外金次郎の死亡との間には、不法行為法による保護の対象とし、行為者に損害賠償責任を負わせるのを相当とするような法的因果関係、すなわち相当因果関係が存在するということはできない。

2  寄与度による割合的因果関係

次に原告は、本件事故と訴外金次郎の死亡との間に、相当因果関係がないとしても、健康な生活を送つていた訴外金次郎が、本件事故を契機として衰弱してゆき、事故から僅か四か月余りの後に死亡した事実に鑑みれば、本件事故が訴外金次郎の死亡に寄与していることは明白であるから、公平の見地から、右寄与度の割合において被告に責任を認めるべきであると主張するところ、本件事故と訴外金次郎の死亡との間に事実的因果関係が存在することは、前記のとおりであるが、不法行為の成立要件としての加害行為と損害の発生との間の因果関係が単なる事実的因果関係で足り、事実的因果関係が存在するすべての損害について行為者が賠償責任を負うべきものとすると、たとえ具体的な賠償額が加害行為の寄与度に応じたものであるのにしても、賠償責任の範囲が際限なく広がることになつて、法的処理としては妥当性を欠くことになるから、加害行為と損害との因果的関連性が、その損害に対する行為者の責任を正当化するほどに濃密なものであると法的に評価されるような場合でなければ加害者に損害賠償責任を負わせることはできないといわなければならない。従つて、加害行為の損害の発生に対する寄与度に応じて、損害賠償責任の範囲を決定するにしても、行為者に損害賠償責任を負わせるためには右のような法的価値判断によつて、行為者に損害賠償責任を負わせてもよいと判断される必要があるものというべきである。

そこで、これを本件についてみるのに、前記のとおり、訴外金次郎は本件事故の直接の被害者でないうえに、訴外金次郎の死亡の主たる原因は、訴外金次郎自身の行為である尋常とはいい難いまでの多量の飲酒であり、かつ、前認定の事実によれば、本件は極めて特異で希有な事例というべきであるから、本件事故と訴外金次郎の死亡との間の事実的因果関係としての条件関係が存在しないとまではいえないにしても、被告に賠償責任を肯定するのを相当とする程の法的因果関係があるということはできない。

従つて、原告の前記主張は採用することはできない。

三  以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇 松井英隆 永谷典雄)

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